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2007年6月24日 - 2007年6月30日

2007年6月28日 (木)

昔、こんなものを書いていた。

 大学の頃、オートバイでツーリングに行った後で、紀行文的なものを書いていた。 暇だったのか、書く事が好きだったのか、よくは分からないが、おそらくその両方なのであったのだろう。書いたものは、一部の友人が読んだだけだった。まだ、大事にとってあるので、今回はその一部を写真として、載せてみよう。


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表紙、これは冬の乗鞍に単独でキャンプをしに行ったときのもの。

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手書きの地図も作った。

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拡大すると・・・

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写真もたくさん入れた。


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これって、今だったら、ブログだよね。

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今度、この紀行文をこのブログの上で公開してしまうつもりである。へたくそな文であるが、見てみて欲しい。

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2007年6月26日 (火)

オートバイと僕と青春と・・・

自転車に乗っているとき、オートバイに乗っていて良かったと思う場面が多々ある。バランスの感覚、ハンドリング、重心の置き方、色々な場面で役立っている。今日は思い出のたくさん 詰まったオートバイの引き出しから、少し思い出をひっぱりだしてみたい と思う。
 
 大学1年生の時にはじめてのオートバイを手に入れた。選んだのはオフロードバイクだった。元々はオンロードに乗りたかったが、オートバイ乗りだった兄から、『 速くなりたかったら、オフから入った方がいいぞ。 』と教えられ、なるほどそうか・・・ とオフロードバイクに興味が沸いていた。 当時は、オートバイがかなりのブームだった時代、なかでもオンロードのレーサーレプリカが全盛だった。 街中には、HONDA の CBR やNSR、YAMAHAの FZR、TZR などなどが 溢れていた。 峠族も多かったし、北海道を目指す ミツバチ族 などもすざまじい数だった。オフロードもそれ也に人気はあったが、まだまだ認知度が低かった気がする。 よく口の悪い学友から ”山バイク” などと呼ばれていた。 しかし、実際にはオフロードが バイクの基本を作るのには最適だったし、また奥が深かった。 滑りやすい土や砂利の上でのバランス感覚、また路面も凹凸が激しく、上下の重心感覚ももとめられる、アクセルコントロールもシビアである。 開けすぎればスリップダウンするし、開けなければ当然遅い・・・  今、オートバイの世界には、”モタード” と呼ばれるカテゴリーがあり、大変な人気を博している。 オフロードにオンロード用のタイヤを履かせたモデルである。  ファッションに敏感な若者の間でも人気があり、ストリートファッションの一部にもなっている。 ようやく日本でも本当の楽しさが理解され、バイク選択肢の幅が広がったのだろう。
  速さに憧れていた僕は、オフロードを最初のマシンに選んだ。 そして最初に購入したのが、中古のHONDA XLX250R だった。価格が18万円だった、兄が5万円を出してくれたのが有り難かった。
バイク屋さんでの ワクワクしたあの時の気持ちは、いまでも良い想い出である。

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はじめての愛車だった XLX250R。 奥はシルクロード250。   <1985年のGW キャンプでの一コマ>

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オートバイに理解があった兄もまた、オートバイ乗りだった。 愛車 VF750 SABRE セイバー と。


XLX250は最新のエンジンを積んだHONDAの新世代マシンだったが、初期トラブルもあり、セールス的には失敗。エンジンのかかりが悪く、ケッチン( キックスタートだったため、 キックした直後に踏み降ろしたキックがもの凄い勢いで跳ね返って来る事 )が多かった。 前後ドラム式のブレーキだったりして、不完全な出来だったが、僕にとっては、2輪の基礎を教えてくれた想い出深いマシンである。
速さでは、エンジンパワーが26馬力と非力な4サイクル単気筒エンジンだったが、マシンの軽さが武器となって、ハイパワーのロードバイクに挑めたものだった。もともとはオフ車で基礎を学び、オンロードバイクに乗り換えるつもりだったのだが、路面シチュエーションを選ばないし、軽さとバンク角の深さ、単気筒エンジンのピックアップの良さが武器となり、腕をあげるとオンロードの峠に於いて、ロードのレーサーレプリカを抜き去る事も可能となった。 オンロードマシンで同じオンロードを抜くのは当たり前だが、オフ車に抜かれると、その衝撃は大きかった。  国道20号線、大弛峠には当時 XL250sの バカッ速い奴の話が伝説となっていたほどである。


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なかなか 速かった、っていうか 頭のネジが抜けていた。と 言われたものだった。

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オンもオフも楽しめた、ぼくにとってはスーパーマシンだった。今でも大好きだ。


旅の楽しさとモーターサイクルの楽しさを存分に教えてくれたXLXの次のマシンは 同じXL系の最新型
XLR250BAJA だった。 北米大陸 メキシコ半島で行われている BAJA1000マイルレース、 24時間で1600㌔を走破するというすごいレースで 夜間も砂漠を150㌔というスピードで走り続けるため、大型のヘッドライトを装着する。そのイメージを色濃く踏襲し、前後ディスクブレーキやオイルクーラーを装備、
XLXから大きく進歩したマシンだ。

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足回りも素晴らしく進化、エンジンも軽く廻り、乗りやすかったXLR250BAJA。


今までより、林道やオフロードのコースで安心してハイスピードで飛ばせるようになった。オフのレースを強く意識し始めたのもこのマシンからだった。XLXで草耐久レースに出場した事もあったが、マシントラブルにて リタイアの苦い思い出が。XLXに比べて、パフォーマンス度が格段にアップしたため、かなり大きなギャップも苦もなくクリアしてくれる。また、明るいことこの上ないライトシステムは夜間ツーリングの頼もしい味方だった。 が、ハンドリングが少々重かった・・・ため 後に通常の XLR250Rのライトと交換する事もあった。 オイルクーラーも真夏の長距離走行にはかなり効果があった。XLXでは、真夏の東京都内なんかは、熱ダレでノッキング起こしていたけど、そんな事がなくなった。

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XLXは後輩のYケンに譲った。貴重な?XLXとBAJAの2ショット。Yケンともずいぶん遊んだもんだ。

 自転車仲間のS郎は、最初のバイクとして、VT250F を購入したが、やはりオフに目覚め、XLXのご先祖様である、XL250S を中古で購入、その後 XLR250Rを新車で購入し、オフにハマって行った。
S郎は手足の長さを活かし、とてつもなく姑息なライディングをする。林道を走るといつも勝負になってしまった。ほんと、毎回、林道爆走族だった。しかしスリップダウン寸前の走りを ”ギャンギャン”にしたおかげでライディングスキルは確実に上がった。


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S郎のXLR250Rと 僕のBAJA ずいぶん争ったものだった。

林道を緊張感いっぱいの走りをしたあと、エンジンを止め、静寂の世界に身をおいた時、なんとも言えない、心地いい自然の感じ方がそこにあった。 旅する時に山の中に入って行けるオフロードバイクはオンロードより絶対的に奥が深かった。自転車でも同じだと思う。

 BAJAでかなりオフに傾倒した僕は、オンロードもいいが、やっぱりオフ!! という意識が強まり、次のマシンに移行することとなる。 マシンの名は  " XR250R " 逆輸入された、HONDAの 純粋のレース用のマシンである。国内モデルは 公道での使用ができないのだが、輸出されたマシンを逆輸入し、保安部品をきちんと装着すれば、公道も走行可能になる。このマシンは レース用クロスミッションを装備、足回りもBAJAのそれを大きく凌ぐ。エンジン出力も30馬力にアップされ、ブレーキもローターが大型化され、ストッピングパワーも格段に向上していた。 オフロードバイクの中では、一つの終体型だった。シート高も920㍉とかなり高い。信号待ちでは足がツンツン立ちであったが、走り出せば コントロールは意のままだった。へんな癖が全くなく、本当に乗りやすかった。また、高速でギャップに突入しても、車体のぶれが非常に少ない。凹凸 高速 安心 オートバイだった。

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XR、" オフローダーの憧れ " のマシンである。素晴らしい機動力は忘れがたい。


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XRで、レースに出場。それも日本国内最大規模の耐久レース、” レイド.カムロ ” というレース。お隣の山形県 金山町で行われていたもので、 世界最大の自動車レース パリ ダカール ラリー をモチーフに 金山町の主催で行われ、毎年 約700台以上のエントランスが集い、2日間で争われた。XRは本当に良く走ってくれたが、コースが結構キツく、僕は3回 出場したが、結局完走が出来ずに終わってしまった。
川渡りが名物なのだが、開催時期が 7月 のため、いつも梅雨末期の大雨で 増水した川に足下をすくわれた。

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水との闘い! 転倒すれば即、エンジン内に水が入り、大変な事に・・・

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泥とも闘い! ニュルニュル よ〜おく 滑る。この路面を登る。悪戦苦闘 重心 、バランス 、感覚が鍛えられる。


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スタート前のシーン。 コンセントレーションが大切なのです。緊張してるのだ。

750台のオートバイが 山野を駆ける。壮大なレースだった。 残念ながら、今はもう開催していない、オーガナイザーたちは、いろんな面で かなり大変だった。警察の許可、役場との連携、地元への理解 協力体制、ライダーたちとの距離。 本当に大変だったらしい。 有難うございました。


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レースはよかった。 自転車でも同じ。緊張感、それを和らげる仲間とのふれあい、じゃれあい、そして自分との闘い、自然との闘い。やはり レースはいい。


  オフの事ばかり書いてきたが、実はオンロードバイクも乗った事がある。 YAMAHA のFZR400Rというレーサーレプリカ。 SRX250Fという 単気筒のバイク。 ツーリングマシンとして、オンオフ両用のHONDA TRANSALP400。 SRXはスタイルが好きで味わいがあったが、乗り味は今ひとつだった。 単気筒で軽さが身上 というのは オフロードバイクと同じなのだが。まあ、散歩バイクとしては いいかも。


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FZR400R 一度は4気筒 レーサーに乗ってみよう と買ってみた、 確かに滑らかで速かったが、 すっかりオフの魅力にハマってしまった後では、魅力的に思えなかった。素早く手放した。


TRANSALP400は良いバイクだった。パリダカール ラリーに出ているラリーマシンから影響を受けたバイクで、文字通り、ヨーロッパで長距離ツーリングをして、アルプス越えをするためのバイク。 ヨーロッパでは600cc 日本では400cc のため、ちょっとパワーが足りなかったかな? このバイクで沖縄を旅した。
年をとってから乗りたい一台である。 

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TRANSALP400  落ち着いた、いいバイクだった。オンもオフもOK、これで林道を飛ばすとストレートはかなり 速かったが重くて止まるのが大変だった。

これらの バイクに乗り、本当に色々な思い出が創れた。様々な出逢いがあった。 事にオフロードバイクは、周りの人々に伝染するかのように 広まって行った。今、自転車に乗っているが、よりシンプルな自転車は、オートバイよりも基本がしっかりと求められる。シンプルな構造の分だけ、ごまかしが効かないからだ。それだけ、奥が深く面白い。でも、もうしばらくしたら、またオフロードバイクに乗ってみたいとは思っている。でも、今はその気持ちを封印。バイク(自転車)にはまろう!!


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はじめて、僕にオートバイの 素晴らしさ、恐さを教えてくれた 。

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旅する楽しさ、オートバイの奥深さを教えてくれた。


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感覚を研ぎすまし、マシンと一体となる喜びを教えてくれた。


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そして、今、原点に・・・ 

2つの車輪が刻んだ轍。いままで、どれだけの轍を刻んだだろうか。轍は僕の青春の証なんだろうな。
これからも 青春を続けよう、そのためにも 轍を刻み続けよう。刻み続けられる限り。


オートバイについては、色々ありすぎて書ききれない。またそのうち 引き出しを開けてみたい。

                                                                                                                                      


本日、長野県で、自転車による日本一周を終え、自宅へ向かっていた80歳の老人がダンプに衝突され、亡くなった。戦争で死んだ戦友が送れなかった青春時代を 自分が日本一周をする事によって叶えてあげたい との思いからの鎮魂の旅 だったそうだ。昨年6月から旅をしていたそうで、旅を終え、30日に自宅に到着する予定だったそうだ。このような方が亡くなられた事は本当に残念である。 心よりご冥福をお祈りいたします。 

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