« 沖縄一人旅、、、あれからすでに14年、、、宮古島、伊良部島、下地島  下地島空港編 | トップページ | 安積国造神社 秋季例大祭 始まるよ〜!本一ッ子練習開始!!! »

2008年9月20日 (土)

沖縄一人旅、、、あれからすでに14年、、、宮古島、伊良部島、下地島 後編

 下地島、伊良部島には3泊した。ほんとうに の〜んびりと過ごした。すこし、世間ずれの現象が起こってきているかもしれない。なんだか一般の方とは明らかに違う何かが僕の中に生まれつつあるような、そんな気がしてきた。
 7月8日、飛行機とも一旦お別れして、少し都会の、宮古島へ戻り、今度は宮古島での〜んびりするつもり、、、 実は石垣島に渡る船は、まだ少し先にならないと入港してこないのだ。7月14日にならないと、石垣行きの船が入港しないので、6日間の滞在だ。さてさて、先ずは宿探し。まあ、おおよそはガイドブックで決めていたので、宮古島のメインポート、平良港の目と鼻の先にある、その名も、、、”波止場旅館” なんとロマンチックなネーミングであろうか。そして、その外観もまたいいのである。なんとも味わいがある外観、、、宿泊料金も安いので、迷う事なく決めてしまった。

P1090323

波止場旅館である。何たる渋さ、、、そして波止場という響きが旅情を誘うのである、、、


食事は出ないが、エアコンは無いのだが、でも一階がコンビニエンスストアだし、、、弁当、おにぎり、カップラーメン、パンなど、食料はすぐに手に入るし、おじさん、おばさんもいい人だし、建物が多少、、、であるが、まあ、全然いいのである。

P1090326_2


波止場旅館のおじさんとおばさん、、、元気ですか?


P1090325


いつも店先に犬と一緒にいた、おじい、、、 夕方、一緒にベンチに腰掛け、毎日毎日話をしたなあ。元気であってほしいのである。


さて、波止場旅館に宿を取り、落ち着いたのはいいのであるが、実は、この時の僕はもう大変な状態で、もう辛くて辛くって仕方がなかったのである。なぜかって? 体が痛くてかゆくて、、、、そう、答えは 日焼け、、、 英語で言うと サンバーン SUN BURN ,,, 伊良部、下地 で調子にのって遊びすぎたのである。日焼けのし過ぎでもう背中が痛がゆくて、どうしようもなく、夜は全然寝られないし、日を追うごとに痛みはひどくなってくるし、たまらなく辛い日々であった。

船が来ないと、島を出る事が出来ない、、、この事態にようやく、ああ、島なんだなあ〜。と改めて実感がわく。体中の痛みがあるので、とりあえず少し海はお休みにして、島の探索に勤しむ事にした。トランザルプで毎日あちらこちらに出かける。

宮古島は南北に長い島で、北は池間島。南は来間島 と橋でつながっている。この橋がサンゴ礁の海を跨いでかかっているので、コンクリートの橋が海の色を映して非常に美しく、観光スポットとして有名である。


P1090274


池間島へ渡る池間大橋。何度も渡りたくなってしまいそうだが、渡ってみると意外に普通、、、
端から見た方がいいのかもしれない。かなり画像悪い写真で申し訳ない、、、


池間島はかつおぶしの産地として有名な島。島に渡ると小さな工場が点在していた。日中走っていると、暑さのせいなのか、人の気配がまるでない。小さな島なので、あっという間にぐるっとまわれてしまう。あんまりぐるぐる回っていると、自分でも自分が不審人物に思えてくるので、程々にして、灯台に行ってみた。島は海抜が低いので、ほんのちょっとした高台にそれはあった。


P1090266

灯台のあらまし

P1090276


池間灯台と飛行機、、、いい絵。


宮古島にはお気に入りの場所が二カ所出来た。ひとつは、砂山ビーチ。波止場旅館からオートバイで10分くらい走った場所にある美しいビーチである。もうひとつが与那覇前浜という場所である。ここは、、、


P1090300


白い砂浜にならんだビーチチェア。なんともリゾートなビーチである。


このチェアーはそばにある東急リゾートの所有物らしいのだが、誰〜も座っていないので、僕は思う存分座らせていただいた。なんだか、王様になったようないい気分であった。ただ、海は遠浅の珊瑚の砂浜なので、泳いでみると、なんだかとてもつまらないビーチだった。でも昼寝には最高の場所なので、何度も昼寝に通った。
ちなみに、翌々年に、再度このビーチを訪れたのであるが、ずら〜っと優雅にならんでいたこのビーチチェアーの姿がまったく無くなっていたので、聞いてみたところ、大きな台風がやってきた時に、みんな波にさらわれてしまい、無くなってしまったそうである、、、、、もったいない。

島のあちこちを彷徨い歩いていると、いいかげん暑さにうんざりしてきたのである。もう日中は涼しいところに避難することにした。まずは、図書館。ここに避難した。しかし図書館に行っても本を読むとしても、なんだか眠くなってしまうのである。でも、図書館内では昼寝はしてはいけないので、なんだかい居心地が悪く、でもクーラーは効いていて、、、ずいぶんお世話になりました。


宮古島では、初体験がふたつ。ひとつめは、勢力が衰えていない本場もんの台風に遭遇した事!
写真などは撮らなかったのであるが、台風が石垣から、宮古島のある先島諸島を直撃し、僕も、波止場旅館の窓から外を眺めていた。南国にあって台風を体験するのは初だったが、雨、風 の勢いがまるで違った。もともと僕の住む福島県は、台風がやってきても幸いな事にそう大きな被害は少なく、夜中に雨がざーっと降って風がザワーッと吹いて、大抵は終わりである。こう言っては大変に不謹慎なのであるが、台風がやってくる!とか大雪が降る!なんて聞くと、どこか心の片隅にどうなってしまうんだろうか? ワクワクドキドキ、、、といった感情がわき起こってしまう。それが大した事も無く通り過ぎてしまうと、な〜んだ、、、 などと、いやはや実際に台風被害を受けられた西日本の方々には大変申し訳ないのであるが、ついついそう思ってしまったりする。
そして、実際に南国沖縄にて、NHKニュースでしか見た事のない台風を体感出来る事に、アドレナリンが湧き立ち、妙に興奮しながら台風を迎えた。実際に台風はすごすぎるパワーであり、雨が下から上に降り、風が通りの椰子の樹を根元から揺るがし、道路には走る車もほとんど無く、代わりにゴミやらポリタンクやら、なんだか得体の知れない物がたくさん風に舞って、すごい勢いで転がって行くのである。傘なんかはまったく役に立たないのは明白で、もし傘をさして表に行ったならば、傘は間違いなくバラバラになって飛んで行ってしまうだろう。ここで体験出来た台風は、僕の中で一番すごい、初の南国の嵐だった、、、

もう一つの体験、それは愉しくも、調子に乗ってしまうと、後で大変な事になってしまう、ある意味、恐ろしい体験だった。 波止場旅館は安宿であるが為もあり、建設関係の作業員のおっさんたちも長逗留していた。すれ違うと挨拶くらいの仲だったのだが、ある夜、おっさんたちに呼ばれたのだ。 「 おい!兄さん、、兄さんもこっち来て飲んだらどうだあ〜 」 ひとりで身を持て余していた事もあり、それは嬉しい誘いであった。部屋に上がると、7、8人のおっさんたちが車座になって座っていて、赤黒い顔でニカニカと笑っているおっさんもいるが、強面で鋭い眼光で迎えるおっさんもいた。恐る恐る座の中に混ぜてもらう。「 おーおーう、兄ちゃん、”オトーリ”ってしってるかあ〜?」沖縄の独特のイントネーションで聞かれた。「 オトーリ?? 何ですかそれ 」 

”オトーリ”とは宮古島に伝わる伝統の飲み方で、車座になって座り、まず先頭のひとりがグラスを持つ。グラスには泡盛の水割りがなみなみとつがれており、先頭の人は座の皆に挨拶をして、それから近況報告などを行う。終わると、グラスの泡盛を一気飲み。そしてグラスは時計回りに、次の人に廻され、廻された人は黙って一気飲み。それが一周すると、挨拶をした人の次の順番の人が挨拶をして、また同じ事を繰り返すのだ。これを延々夜更けまで続ける、、、おっさんたちは、福島からやってきた青年をとても厚くもてなしてくれた。僕も近況報告のあと、民謡”会津磐梯山を唄ったりして、座は盛り上がったのである。誠に持って愉しく、また、誠に持って恐ろしい飲み方である。僕も張り切って、頑張ってみたのだが、40°近くある泡盛の効果は相当な物で、僕は途中で意識が遠のいてきたため、おっさんたちに無事解放されて、帰室した。
 聞くところによると、その昔宮古島の青年たちが東京に旅行に行った際に、銀座のクラブに行き、このオトーリを朝方まで続けたそうだ。結末は、ご想像道理で、飲み代の請求は100万円を越したそうで、当然払えないので、島に電話をして急遽、お金を持ってきてもらい、無事帰れたという逸話があるそうだ。


日焼けに悶え苦しみ、台風すざまじさを見せつけられ、オトーリの恐ろしさの一端を味わい、波止場旅館の人情に触れ、宮古島での日々は過ぎて行った。もうすぐ、石垣行きの船がやってくる、、、。大いなる南の田舎、宮古島。石垣にはない大きな魅力がある島であった、、、、、


P1090318

|

« 沖縄一人旅、、、あれからすでに14年、、、宮古島、伊良部島、下地島  下地島空港編 | トップページ | 安積国造神社 秋季例大祭 始まるよ〜!本一ッ子練習開始!!! »

」カテゴリの記事

コメント

ゆうさんへ

はじめまして、こんな仮死状態のブログへようこそいらっしゃいました! なかなか波止場旅館を書いているものはないかもしれませんね。
おじい、元気ですかね? 僕も気になるところです。
あの夕方のの〜〜ンびりとした風景。もう味わえないのかな? と思うと悲しくなるくらいいい時間でした。
また、機会があったら旅したいですね!

投稿: マットシ | 2013年5月27日 (月) 21時52分

初めまして。私も波止場旅館常用者の一人でした。マットシさんと同じころよく行って泊っていました。おじいとおばあ、ご存命かなあ。気になって検索してたところここにたどり着きました。写真、ありがとうございます。

投稿: ゆう | 2013年4月25日 (木) 16時05分

ピナ男さんへ
読んでいただいて、ありがとうございました。
そ〜なんですね〜、いいんですよ、沖縄。
僕はその中でも、離島派なんですよ。本島もいいですけど、やっぱし何にもない離島がいいなあ〜。またいつか、行ってみたいですね。
僕も死に場所としてもナンバーワンかな〜coldsweats01あはは。
青い空、エメラルドグリーンの海、白い入道雲、ああー、沖縄、、、パラダイスですね。
ブログ書いていたら、なんだか沖縄中毒の症状が再発してきました。happy01

投稿: マットシ | 2008年9月27日 (土) 23時09分

マットシさん このところ何かと忙しく宮古島編やっと読むことができました。オトーリの場面はなんだか愉快ですねー。沖縄 いいなー。日本の最南端の地 私にとっていつか行ってみたい場所のトップです。

投稿: ピナ男 | 2008年9月27日 (土) 08時18分

ラフティングGOGOさんへ
 ありがとうございます。
沖縄の青い空、エメラルドブルーの海、コバルトブルーの外海、そして沖のリーフに散る波の白、湧き立つ積乱雲の白、とっても美しかったです。
 今でも僕は積乱雲が空に湧き立つと、つい、写真を撮ってしまう癖があるのですが、おそらく、これも沖縄中毒の後遺症なのだと思います、

投稿: マットシ | 2008年9月22日 (月) 01時39分

kojiさんへ
沖縄というところは、この福島とはまったく違う気候、文化、人種も違うのですが、それ故に惹かれるのでしょうね。この旅ですっかり沖縄中毒になってしまい、今も後遺症が多少残っています。confident

 旅では人との出逢い、別れが日常の中に凝縮されて注入されます。一人旅だとそれがなおさらですよね。多分、いつもひとりで旅をされているkojiさんは、お分かりになると思います。
複数で旅をすると、安心感、自信、などが人との些細な出逢いのチャンスを邪魔してしまう事がままあります。単独は心細さ、人恋しさ、そして自分のプライドよりも好奇心が優先された場合、なんだか分かりませんが、良い出逢いが出来るような気がします。そして、自転車やバイクの旅は、苦労も多いので、人の情け、あたたかな心に触れた時に感動するのでしょうか。
また、こんな旅がしたいものです、、、

投稿: マットシ | 2008年9月22日 (月) 01時34分

白と青のコントラストが素敵!
beer

投稿: ラフティングGOGO! | 2008年9月21日 (日) 15時02分

とにかく景色はもちろん、気候も台風もそれからアルコール度数も違う・・・福島県とは別世界のところ。わたしたち東北地方の海のないとことに住む者にとっては、とにかく魅力に溢れたところだと思います。“mattoshiさん”の文章からひしひしと伝わってくる旅先での人々との楽しい交流。それは誰とでもすぐに心を開いてうち解けられるという“mattoshiさん”の真っ正直さからくるものだと感じます。そしてそれは旅を素晴らしいものに変えてくれる、一番の天然の調味料なんだと思いました。

投稿: koji | 2008年9月21日 (日) 08時19分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 沖縄一人旅、、、あれからすでに14年、、、宮古島、伊良部島、下地島  下地島空港編 | トップページ | 安積国造神社 秋季例大祭 始まるよ〜!本一ッ子練習開始!!! »