ここ最近、自転車に乗る時には かならず自動車の世話になっている。裏磐梯に行くときは車にスズメバチを載せて行く。家からスズメバチで出かける事は少ない。昔と違ってあそぶ時間がゆっくり取れないので、仕方が無い。毎回車にお世話になっているから、たまには車の事も書いてあげよう。
今現在、我が家には2台の車がある。初代エスティマの最終型 アエラスと ファンカーゴ であるのだが、どちらもアウトドアには便利な車達だ。今回はこやつらとは違う、以前僕が乗っていた”セプターワゴン”の事を一筆。
セプターワゴンという車は知っている人こそ知っている ( 当たり前か、、、 )
名車なのである。TMM と言って、アメリカは、ケンタッキー州にあるトヨタの工場で生産された車両を輸入した立派なアメ車で、アメリカではカムリワゴン(向こうではキャムリーと発音される)として販売されていた。カムリは日本ではあまり売れないのだが、アメリカでは乗用車部門で常にベスト3の売り上げを誇るTOYOTAの世界戦略車であり、ドル箱の存在なのである。その大陸的で、おおらかな乗り味は長距離向けであって僕はものすごーく気に入っていた。もともと発売された当時から欲しくて仕方なかったが、なかなか手が出ず、、、 ちょうど僕が犬を飼いはじめた時にその時に乗っていた小さなクーペでは犬を乗せるのが困難なので思い切った。
広い室内 装備もオートエアコンからライブサウンドシステムと呼ばれた10個もスピーカーが着いた高級オーディオシステム、果てはムーンルーフも標準装備と、まさにフル装備。広いラゲッジルームには床下に格納されたサードシートまでついていて、え〜っ? 使わないジャーン そんなの。 っていう声も聞こえてくるが、それは乗っている人が決めるものなのだ!! うちでは結構重宝したシートであった。
荷物を満載し、犬を連れ、ルーフの上にもカヌーと自転車を積んでまさに フル積載状態で何度遊びに行ったことか。21万㌔を走ってくれて、お別れをしたが今でも忘れ難い我が家の名車。思い出をたくさんくれた車、セプターステーションワゴン。

秋元湖にたたずむセプター、このリヤビューが良くも悪くも特徴的。かっこわる〜って声も多いが、シンプルでかえって飽きがこないデザインであった。でもセールス的にはマイナスだった。
秋元湖にて

フロントフェイス、世界戦略車のグローバルデザイン、どんなシチュエーションにも自然に溶け込む顔つき。変な自己主張をしない大人の顔つき。 西新宿にて

和にもあう。個性的な外観であるが、自然と街並みにも溶け込む。歌舞伎座前にて。

海にも行ったなあ、実はセプターは現在、湘南などでサーファーに人気だそうである。フルサイズのボディサイズにはサーフボードが楽に積めてしまうし、アメリカンな外観が人気に拍車をかけた。不人気車のため、中古車市場でも格安というのも・・・ 小良ケ浜にて

最初のうちはルーフではなくリアゲートに自転車を積んでいた。スーリーのリヤサイクルキャリア
現在は販売されていない。まだ所有しているので、ルーフにカヌーを積んでMTBも3台積んで、という場合に使用している。カヌーとMTB3台を積む事は無理なので・・・那須にて

ルーフに載せてお出かけ。これが僕の定番のスタイルになった。MTBはBS、初期の頃のもので、フロントサスは付いていなかった。奥のも同じくBS。僕の自転車には祐太郎が乗る為の椅子を付けていた。輸入品、背もたれも高く安全なものだった。 檜原湖にて
セプター、基本コンポーネントは初代のウィンダムと同じ、エンジンは3リッターのV6エンジンと2.2リッターの直4エンジンの2種類があった。僕が乗っていたのは2.2の方。3リッターは高くてとても手が出ないので、、、 直4といえども、当時は4気筒エンジンの中では世界で最も静かと言われた名機であった。140psとパワーは今イチだったが、その乗り心地はソフトで、高速を120㌔くらいで巡航するのが一番の得意科目だった。とにかく長距離を走っても疲れない車で、一番遠くでは神戸まで行ったことがあった。大阪ー東京間をノンストップで走った事があったが、思ったより全然疲れなかった。外人向けに作られた大きめのシート。広い室内とラゲッジルーム。外観のデザインに力を入れ過ぎ、ラゲッジルームが狭められたワゴンの多い中、セプターは実用的な道を選んだワゴンであり、ボルボにも負けない広さと静かさを持っていた数少ない日本のメーカー車であった。(あくまでも国籍はアメリカ)
しかし、フルサイズのボディはまだ日本では受け入れられず、大味なデザインもまた、時期尚早であった。リヤウィンドウの逆J型デザインも当時は「変なデザインだ」と揶揄されたが、今は当たり前のように数多くの車に採用されている。セプターの良さが知られるようになったのは、皮肉な事に後継モデルのカムリグラシアが発売されてからだった。

当時の最大のライバル車であったのがフォードのトーラスワゴン。セプターより一回り大きなボディで近未来的なデザインが話題だった。 このトーラスは友人の車。

リヤシートでくつろぐ 奥と愛犬キャニー。ラゲッジルームはこのゴールデンレトリバーのキャニーの専用席でもあった。元々キャニーを飼う事になったのがセプターに乗り換えた一番の理由だった。

テーブルといすとお茶道具を持ってキャニーとみんなで何度出かけたろうか、こんなお出かけを楽しく演出してくれた。たくさんの荷物が積めて快適に移動できるたのもしい相棒だった。
台鞍山スキー場にて

広いラゲッジルームは大人二人なら宿泊も楽勝だった。 雲海を仰ぎ見て日の出を迎えるセプター。 乗鞍岳山頂付近にて

レガシーアウトバックとまではいかないが、慎重に走ればガレ場もけっこう行けた。写真では分かりづらいが、ここはかなりのガレ場。 信州 湯ノ丸高原にて

92年にデビューし、94年にマイナーチェンジ。フェイスリフトを受け、スポーティな顔つきに
でも僕的にはマイナー前の顔の方が高級感があって好きだった。

朝もやの中を走る。若かりし日、暗いうちに出かける事も多かった。こうして振り返ると、今の自分がずいぶん年をとった気がしてならない。 裏磐梯にて

雪の日、、、4WDがもてはやされる現在だが、FFでも十分に走れた。きちんとしたスタッドレスを履き、車の特性を熟知すれば怖いものはない。 猪苗代にて

秋元湖に何十回通った事であろう。走行距離も21万㌔を超した。トラブルはほとんど無く、乗り心地の悪化も少なかった。さすがはTOYOTAである。 秋元湖にて

21万㌔を走っても、まだ余力があったのだがついに代替えをする事にした。セプターは友人に譲り、その後その友人のお姉さん夫婦が乗ってくれた。
室内スペースを広げたく、僕はエスティマにバトンタッチ。だが、静粛性、長距離の走り応え、セプターは本当にゆったりとした移動時間をプレゼントしてくれた。ステーションワゴンがミニバン人気につぶされてしまった今、ステーションワゴンの種類が減り、セプターも、またその後継車だったカムリグラシアも姿を消した。しかし、いつかはまた必ずステーションワゴンの時代がやってくると思う。なぜなら、ミニバンに移行したユーザーが子育てを終え、ミニバンを手放す時、かならずステーションワゴンを再び求めるからだ。その時代になればまた、新しいブランドのステーションワゴンが開発されるだろうが、ぜひセプターのような大人のステーションワゴンが発売される事を切に願う。ゆったりとした、上質で自己主張を強くしない車。そんな車を買いたい。もしそれが叶わないのであれば、程度がいいセプターを探して乗ってもいいと思う。





先日、セプターを譲った友人から、セプターがその役目を終え、廃車になった事を知らされた。
なんか、とても寂しかった。その夜は一人セプターに献杯をした。なんか友人が死んだようなそんな感覚だった。ありがとう、セプターワゴン。また君のようなワゴンに巡り会いたい。
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