2008年9月20日 (土)

沖縄一人旅、、、あれからすでに14年、、、宮古島、伊良部島、下地島 後編

 下地島、伊良部島には3泊した。ほんとうに の〜んびりと過ごした。すこし、世間ずれの現象が起こってきているかもしれない。なんだか一般の方とは明らかに違う何かが僕の中に生まれつつあるような、そんな気がしてきた。
 7月8日、飛行機とも一旦お別れして、少し都会の、宮古島へ戻り、今度は宮古島での〜んびりするつもり、、、 実は石垣島に渡る船は、まだ少し先にならないと入港してこないのだ。7月14日にならないと、石垣行きの船が入港しないので、6日間の滞在だ。さてさて、先ずは宿探し。まあ、おおよそはガイドブックで決めていたので、宮古島のメインポート、平良港の目と鼻の先にある、その名も、、、”波止場旅館” なんとロマンチックなネーミングであろうか。そして、その外観もまたいいのである。なんとも味わいがある外観、、、宿泊料金も安いので、迷う事なく決めてしまった。

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波止場旅館である。何たる渋さ、、、そして波止場という響きが旅情を誘うのである、、、


食事は出ないが、エアコンは無いのだが、でも一階がコンビニエンスストアだし、、、弁当、おにぎり、カップラーメン、パンなど、食料はすぐに手に入るし、おじさん、おばさんもいい人だし、建物が多少、、、であるが、まあ、全然いいのである。

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波止場旅館のおじさんとおばさん、、、元気ですか?


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いつも店先に犬と一緒にいた、おじい、、、 夕方、一緒にベンチに腰掛け、毎日毎日話をしたなあ。元気であってほしいのである。


さて、波止場旅館に宿を取り、落ち着いたのはいいのであるが、実は、この時の僕はもう大変な状態で、もう辛くて辛くって仕方がなかったのである。なぜかって? 体が痛くてかゆくて、、、、そう、答えは 日焼け、、、 英語で言うと サンバーン SUN BURN ,,, 伊良部、下地 で調子にのって遊びすぎたのである。日焼けのし過ぎでもう背中が痛がゆくて、どうしようもなく、夜は全然寝られないし、日を追うごとに痛みはひどくなってくるし、たまらなく辛い日々であった。

船が来ないと、島を出る事が出来ない、、、この事態にようやく、ああ、島なんだなあ〜。と改めて実感がわく。体中の痛みがあるので、とりあえず少し海はお休みにして、島の探索に勤しむ事にした。トランザルプで毎日あちらこちらに出かける。

宮古島は南北に長い島で、北は池間島。南は来間島 と橋でつながっている。この橋がサンゴ礁の海を跨いでかかっているので、コンクリートの橋が海の色を映して非常に美しく、観光スポットとして有名である。


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池間島へ渡る池間大橋。何度も渡りたくなってしまいそうだが、渡ってみると意外に普通、、、
端から見た方がいいのかもしれない。かなり画像悪い写真で申し訳ない、、、


池間島はかつおぶしの産地として有名な島。島に渡ると小さな工場が点在していた。日中走っていると、暑さのせいなのか、人の気配がまるでない。小さな島なので、あっという間にぐるっとまわれてしまう。あんまりぐるぐる回っていると、自分でも自分が不審人物に思えてくるので、程々にして、灯台に行ってみた。島は海抜が低いので、ほんのちょっとした高台にそれはあった。


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灯台のあらまし

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池間灯台と飛行機、、、いい絵。


宮古島にはお気に入りの場所が二カ所出来た。ひとつは、砂山ビーチ。波止場旅館からオートバイで10分くらい走った場所にある美しいビーチである。もうひとつが与那覇前浜という場所である。ここは、、、


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白い砂浜にならんだビーチチェア。なんともリゾートなビーチである。


このチェアーはそばにある東急リゾートの所有物らしいのだが、誰〜も座っていないので、僕は思う存分座らせていただいた。なんだか、王様になったようないい気分であった。ただ、海は遠浅の珊瑚の砂浜なので、泳いでみると、なんだかとてもつまらないビーチだった。でも昼寝には最高の場所なので、何度も昼寝に通った。
ちなみに、翌々年に、再度このビーチを訪れたのであるが、ずら〜っと優雅にならんでいたこのビーチチェアーの姿がまったく無くなっていたので、聞いてみたところ、大きな台風がやってきた時に、みんな波にさらわれてしまい、無くなってしまったそうである、、、、、もったいない。

島のあちこちを彷徨い歩いていると、いいかげん暑さにうんざりしてきたのである。もう日中は涼しいところに避難することにした。まずは、図書館。ここに避難した。しかし図書館に行っても本を読むとしても、なんだか眠くなってしまうのである。でも、図書館内では昼寝はしてはいけないので、なんだかい居心地が悪く、でもクーラーは効いていて、、、ずいぶんお世話になりました。


宮古島では、初体験がふたつ。ひとつめは、勢力が衰えていない本場もんの台風に遭遇した事!
写真などは撮らなかったのであるが、台風が石垣から、宮古島のある先島諸島を直撃し、僕も、波止場旅館の窓から外を眺めていた。南国にあって台風を体験するのは初だったが、雨、風 の勢いがまるで違った。もともと僕の住む福島県は、台風がやってきても幸いな事にそう大きな被害は少なく、夜中に雨がざーっと降って風がザワーッと吹いて、大抵は終わりである。こう言っては大変に不謹慎なのであるが、台風がやってくる!とか大雪が降る!なんて聞くと、どこか心の片隅にどうなってしまうんだろうか? ワクワクドキドキ、、、といった感情がわき起こってしまう。それが大した事も無く通り過ぎてしまうと、な〜んだ、、、 などと、いやはや実際に台風被害を受けられた西日本の方々には大変申し訳ないのであるが、ついついそう思ってしまったりする。
そして、実際に南国沖縄にて、NHKニュースでしか見た事のない台風を体感出来る事に、アドレナリンが湧き立ち、妙に興奮しながら台風を迎えた。実際に台風はすごすぎるパワーであり、雨が下から上に降り、風が通りの椰子の樹を根元から揺るがし、道路には走る車もほとんど無く、代わりにゴミやらポリタンクやら、なんだか得体の知れない物がたくさん風に舞って、すごい勢いで転がって行くのである。傘なんかはまったく役に立たないのは明白で、もし傘をさして表に行ったならば、傘は間違いなくバラバラになって飛んで行ってしまうだろう。ここで体験出来た台風は、僕の中で一番すごい、初の南国の嵐だった、、、

もう一つの体験、それは愉しくも、調子に乗ってしまうと、後で大変な事になってしまう、ある意味、恐ろしい体験だった。 波止場旅館は安宿であるが為もあり、建設関係の作業員のおっさんたちも長逗留していた。すれ違うと挨拶くらいの仲だったのだが、ある夜、おっさんたちに呼ばれたのだ。 「 おい!兄さん、、兄さんもこっち来て飲んだらどうだあ〜 」 ひとりで身を持て余していた事もあり、それは嬉しい誘いであった。部屋に上がると、7、8人のおっさんたちが車座になって座っていて、赤黒い顔でニカニカと笑っているおっさんもいるが、強面で鋭い眼光で迎えるおっさんもいた。恐る恐る座の中に混ぜてもらう。「 おーおーう、兄ちゃん、”オトーリ”ってしってるかあ〜?」沖縄の独特のイントネーションで聞かれた。「 オトーリ?? 何ですかそれ 」 

”オトーリ”とは宮古島に伝わる伝統の飲み方で、車座になって座り、まず先頭のひとりがグラスを持つ。グラスには泡盛の水割りがなみなみとつがれており、先頭の人は座の皆に挨拶をして、それから近況報告などを行う。終わると、グラスの泡盛を一気飲み。そしてグラスは時計回りに、次の人に廻され、廻された人は黙って一気飲み。それが一周すると、挨拶をした人の次の順番の人が挨拶をして、また同じ事を繰り返すのだ。これを延々夜更けまで続ける、、、おっさんたちは、福島からやってきた青年をとても厚くもてなしてくれた。僕も近況報告のあと、民謡”会津磐梯山を唄ったりして、座は盛り上がったのである。誠に持って愉しく、また、誠に持って恐ろしい飲み方である。僕も張り切って、頑張ってみたのだが、40°近くある泡盛の効果は相当な物で、僕は途中で意識が遠のいてきたため、おっさんたちに無事解放されて、帰室した。
 聞くところによると、その昔宮古島の青年たちが東京に旅行に行った際に、銀座のクラブに行き、このオトーリを朝方まで続けたそうだ。結末は、ご想像道理で、飲み代の請求は100万円を越したそうで、当然払えないので、島に電話をして急遽、お金を持ってきてもらい、無事帰れたという逸話があるそうだ。


日焼けに悶え苦しみ、台風すざまじさを見せつけられ、オトーリの恐ろしさの一端を味わい、波止場旅館の人情に触れ、宮古島での日々は過ぎて行った。もうすぐ、石垣行きの船がやってくる、、、。大いなる南の田舎、宮古島。石垣にはない大きな魅力がある島であった、、、、、


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2008年9月18日 (木)

沖縄一人旅、、、あれからすでに14年、、、宮古島、伊良部島、下地島  下地島空港編

下地島、そこには、下地島空港がある。人口はほとんどいないこの島に、4000㍍滑走路がある。 4000㍍滑走路とは、成田などにある、滑走路で長距離のヨーロッパ路線や、南米路線、などのためにあるような、ながーい滑走路なのである。実はここ、日本で唯一の定期便パイロットのための訓練空港なのだ!!空物が好きな方にとっては、まさに聖地のような場所なのである!!

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いかが、、、すごい迫力である。ここが有名な撮影ポイント。

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この迫力を体感したくって、はるばるやってきたのだ!! もう、最高っ!!! この機体は今は無き、JALのMD11。

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前方のANA機はタッチ&ゴー、そして後続のANA機はTAKEOFFのため RUNWAYへ。

タッチ&ゴーとは、着陸してきた航空機が、なんらかの理由により再度、離陸体制に移行し着陸復興のために再び空に舞い上がって行く事を言う。ここ、下地島空港ではこのタッチアンドゴーの他、ミニマムサークルランディングと言って、かなりきつい角度での急旋回の直後で着陸したり、片側エンジンを停止させての離陸、着陸など、イレギュラー時の対応を実機を使用して訓練するのだ。エメラルドグリーン、コーラルグリーン、の美しい珊瑚の海に囲まれた素晴らしい環境の中、機体のボトムをエメラルドグリーンに染めながら、超低空で何度もタッチアンドゴーを行う航空機を大迫力で見る事が出来るのだ!!!飛行機好きの僕は、ここに滞在し、ビデオ&写真 撮影を心行くまで楽しむ事にしていたのだ。

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機体のお腹部分をエメラルド色に染めながらアプローチしてくるANAのB6(ボーイング767)

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フラップ(補助翼)をいっぱいに広げて、、、JALのDC10 この機種もJALからは退役済。

今、この時に撮影した8ミリビデオを見ながら書いている。トランザルプのV2のエンジン音が心地よく、また、かりゆしおきなわ の、ぐお〜んというエンジン音も素晴らしく懐かしい。一日目の船上からの夕日、、、どんな思いで眺めてたっけ?ああ、懐かしき一ページ。 そして、ここ 下地島で撮った飛行機のシーンは、持参した無線機で傍受した航空無線音声として入っていて、マニアにとってはたまらない一品だと思う。旅の映像、、、僕の大切な宝物である。

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タキシング中のJAL DC10。ピンぼけ、、、、、

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タッチダウン寸前の JTA 日本トランスオーシャン航空 のB3 (ボーイング737)

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青空がお似合いの ANAのB6とトランザルプ。

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空港はめっちゃくちゃ広い、、、下地島は空港専用の島、、、といってもいいほどだ。

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この当時は最先端機種だった、MD11 主翼翼端のウィングレットと、ボディ中央に設けられた補助用の車輪が目印だった。同じ形のDC10よりもひとまわり大きなボディも特徴。 JALではMD11をJ-BIRD と名付けて、一機ごとに鳥の名前を付けていた。でも残念ながら、昨年をもってJALはすべてのMD11を売却。就航期間は短かった、、、

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トランザルプ、、、アルプス越え という名のオートバイ。本来活躍の場は山岳、なのだろうが、カラーリングの薄いグリーンは沖縄の海に溶け込んで、お似合いであった。

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この海にして、この空ありて、これぞ沖縄、、、

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再上昇にかかるMD11、、、かっこいい。

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頭上を通過するMD11、、、翼から一筋の雲。空気中に水分がある時に発生する。MD11が通過した後、空気はしばらくの間、震えているのである、、、

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MD11 タッチダウン!!

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こちらのB3は右主脚からどすん、、、

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ANAのB6 、決まった!!

こんな感じで、飛行機がひっきりなしに離着陸を繰り返している。そしてこれはすべて訓練であるから、これらの飛行機には乗客はまったく乗っていないのである。もったいないと思われるかもしれないが、こうやって実機を使用しての訓練で機体のくせなど、シミュレーターではわからない操縦感覚も身に付くのだ。着陸復興(着陸やり直し)というのはこうやって何度も何度も訓練しているのだから、もしみなさんが飛行機に乗った際に着陸復興しても決して慌てなくても大丈夫である。

僕が行った時には、残念ながらB4(いわゆるジャンボジェット ボーイング747 )は来ていなかったが、朝から夕方までバカみたいに飛行機を眺めていた、、、夕方、キャンプに戻り、シャワーで(水しか出ない、、ただだから仕方ないが)汗を流し、オリオンビールを飲む。 近くの防波堤に腰をおろし、沈みゆく夕日を眺めているとジョギングをしに来たおじさんがやってきた。「こんばんは〜」 どちらからともなく自然とあいさつをかわす。 「ほ〜、オートバイで来られたのですかあ」(ナンバーを見て)「えっ?福島って、あの福島から?」 「はい、あの福島からやってきました、、、」 「いいね〜、僕も旅をしにきたいなあ」 「地元の方じゃないのですか?」 「いやいや、仕事でね、、、」 「もしかすると、、、あなたは?」 そう、首からタオルをかけ、よれよれTシャツに短パン姿のおじさんは、JALの訓練教官だったりするのである。そう、ここ下地島には、よほど物好きな飛行機バカか、航空関係者しか滞在していないのであり、たーっぷりと飛行機を拝みたい人には、超お薦めのスポットなのである。 それと、あまり知られていないのだが、ダイビング界では有名な”通り池”という海中洞窟から海へ出れる神秘的なダイビングスポットもある。

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通り池。この大きな水たまりの底は海中洞窟で、海へとつながっているのだそうだ。

そして、何より 名もない小さな、プライベートビーチがあちらこちらに点在し、そこには人ッ子一人いない訳で、まさにパラダイス気分が味わえるのである。ただし、常に上空にはグオ〜ん とか、キーン とか 旅客機が飛び回っているのだが、、、

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透明すぎるほどの海

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大好きな飛行機

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朝陽とともに目覚め

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夕陽とともにビールを飲む、、、

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こんな色の海でおよぎ、潜る。

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時にはスコールに遭い、、、

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気が向いたら

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また走り、、、

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気に入った場所で、ただ海を眺め、飛行機を眺める、、、

そんな島。それが下地島。日本にもこんな場所があるのである、、、僕のパラダイス。

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※ 写真はリバーサルフィルムで撮影しました。我が家にはスライドをスキャン出来る環境がないため、ビューワーに投影しそれをデジカメで撮影しました。そのため、ピンボケが多数発生し、見ずらい写真であった事をここにお詫びします。

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2008年9月17日 (水)

沖縄一人旅、、、あれからすでに14年、、、宮古島、伊良部島、下地島 前編

ここまで、読んでいただきありがとうございます。さて、旅もやっと目的地に近づいてきた訳で、、、なかなかと長い物語。飽きてしまうかもしれませんが、今暫し、おつき合いください。

1994年、7月2日。ひとりで放浪の旅に出発。目的地は沖縄。理由は特にないが、強いて言うなら人生を見つめ、考えたかったから、、、 東京港有明10号地フェリー乗り場から、琉球海運 かりゆしおきなわ に 愛車トランザルプと一緒に乗り込み、沖縄を目指す。そんな”ひとりよがり” そして ひととの出逢いについて、学ぶ事が多かった、素晴らしき 一人旅。 

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船の中であった仲間たち。あれからまったく会っていないけど、、、君たちの事は忘れない。

午後8時、かりゆしおきなわ は静かに那覇新港を離岸し、次の目的地である、石垣島を目指す。僕の目的地は石垣ではなく、宮古島なのである。しかし、石垣より近い場所にある宮古島は、後回しで、宮古島を通りすぎ、石垣へ入り、Uターンして、宮古島へ向かう。ちょっと変則的なコースである。

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こんな感じ、、、、、へたくそ‥

石垣行きの船上は、昨日とは違ったメンバーが集まり、、、なぜかまた盛り上がる。この話は前回のお話。

翌日午前8時、ついに、ついに石垣島に到着。そしてまた、別れがある。ほとんどの乗客は石垣島で降りるからだ。ひろしとも、星さんとも、宇田川さんとも、ブス女二人組ともここでお別れだ。でも、この旅で宮古島の後にまた石垣島へ来る予定なので、ひろしや星さんとは再会を約束していた。ターミナルでまたしても暫しの別れ。これもきっと旅、、、の醍醐味。    石垣島から宮古島まではここからまた5時間の旅。午前10時30分石垣港を出航。ここからはたった一人になった。ここまで東京からだと3泊4日の船旅だった。紺碧の海も見飽きてきた。午後3時30分 ようやく、ようやく、僕の最初の目的地、宮古島に到着。しかし宮古島に着いてもまだ移動は続く。実は僕は宮古島の隣島、伊良部島とそのまた隣島、下地島が目的地なのである。かりゆしおきなわを下船し、今度は”宮古フェリー”の小さなフェリーに乗り換える。

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船尾にあるゲートからトランザルプを下船させた。

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さよなら、かりゆしおきなわ。

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小さな連絡船と言った感のフェリーに乗り換えである。

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こんな感じで船上の人となる。

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沖縄の海は、きっと誰かがバスクリンを入れているのだ!と思ってしまうほどコーラルエメラルド

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一人旅の雰囲気、、、、、いいなあ〜。この時の気持ちに戻りたい・・・

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宮古島を出発し、いざ、伊良部島へ 、  海が美しかった。

目指す伊良部島までは、約15分の旅。ゴンゴンいいながら、小さなフェリーは波を蹴立てて進んで行く。期待で胸が高鳴る。どんな島なのであろう。美しいビーチが点在する伊良部島。あまり観光化していないので、人も少ない。伊良部島と隣接している下地島が僕の目標。ここには素晴らしい物がある!!それはあとでのお楽しみ。

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遠のく宮古島とかりゆしおきなわ。旅心満点。

伊良部島の佐良浜港はのんびりとした漁港。観光地という感じはまったく感じられない寂れたどこにでもある小さな港であるが、じつはここ佐良浜港は、かつおの遠洋漁業の基地として有名であるそうだ。トランザルプにまたがり、フェリーを降りる。港の端っこにバイクを止め、地図を眺める。下地島はこの伊良部島と橋でつながっている。今日は伊良部島と下地島の境目にある”渡口の浜”にキャンプする事にしている。渡口の浜は三日月状の沖縄でも屈指の美しい浜である。ここにキャンプをして数日間を過ごそうと思っている。佐良浜港から、道は登り始め、丘陵地帯を走る。道路からは海が見えて、最高に気持ちいい。到着した喜びと、絶景を目の当たりにした感動で僕は有頂天になった。今でもはっきりと憶えている、、、ひやっほーっおーーーーー!!! と声の限りの大声で歓声を上げながら走った事を・・・。

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佐良浜から道は登り、海を見渡せる場所に出る。最高の気分で撮った一枚。

15分ほどで渡口の浜に到着する。素晴らしい場所で、言葉が出ない。しばし茫然とする。

しかし、時間が迫ってきている。さあ、さっさとテントを設営しよう。今晩からのホテルを作らなければ、、、やること山積み。

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渡口の浜にて。テント設営も完了し、美しい夕焼けに見惚れる。

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美しい夕焼け。一人感動した。もちろんオリオンビールでひとり、乾杯するのであった。

この日は夕刻という事もあり、僕が目指す”もの”を見る事は出来なかったが、それは明日に期待!ということで、今日はひとりでのキャンプを楽しむ事にした。近くのスーパーに買い出しに行って、オリオンビールを5本、かまぼこやらソーセージ、レトルトカレーなどを買い込み、渡口の浜にて、ひとり沖縄到着記念式典を執り行い、酔った体は今までの疲れが出たのか、9時30分には上瞼と下瞼がくっつきそうな、、、さあ、明日は下地島に渡るぞ!!〜 下地島には、何があるか、、、じゃあ、ちらっとお見せしよう。それはこれ、、、、、

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2008年9月16日 (火)

沖縄一人旅、、、あれからすでに14年、、、別れはまだまだ続くけど。

 那覇から”かりゆしおきなわ”が出航したのは午後8時を少し回った頃だった。辺りは夕闇に包まれてきていた。福島だったらとっくに真っ暗であろう、午後8時。西に位置する沖縄ではまだ、夕闇に包まれてきている、、、そんな明るい午後8時。

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東京を出航後、毎晩暗くなるとオリオン座が見えるからという訳からではないのだが、オリオンビールと泡盛を持ち寄り、誰彼ともなく旅人たちがデッキへと集まってくる。(う〜む、もうこれはひとつの習性と化しているようだ。)

 キリちゃんたちがいなくなると、まるでその穴を埋めるかのごとく、別のメンバーが増える。 この夜からは、南太平洋を駆けずリまくって水中写真を撮っていた、水中カメラマン、星久夫氏。 ダイビングのイントラライセンスを持つ男、宇田川竜一氏。この2名が新たに加わった。 星氏は自分の好きな海と南の島を追求し続けている人生を送っている。オリオンビールを飲みながら、彼の南太平洋の話を聞く。東シナ海海上で聞く南太平洋の話は、感動の連続で時間を忘れさせる、人生を狂わせてしまいそうに魅力的な話だった。  宇田川氏は、なんだか謎めいたおっさんで、(星氏もだが、、、)西表島でダイビングショップを開くそうで、話をしていたら、僕に対し、居候になれという。強く強く薦められる。かわりに手伝いをすること。僕への見返りはダイビングを教えてくれると言うことだった。その事をあまりに強く強引に誘うので、とりあえず承諾せざるを得ない僕なのであった。    宇田川氏は、例のブス女二人組となんだか仲良くやっている。見ていると、宇田川氏が酔っぱらってブス女にちょっかいを出しているようだった。 船上には「 スケベジジー!!!! 」 「どこさわってんだあ〜!きぇー!!!」などという怒号や奇声が渦巻き、傍らでは、僕が「会津磐梯山」の民謡を高らかに唄ったりしていて、なにがなんだか分からない状態が乗客15人ほどで 繰り広げられる。こうして時速21ノットで進む”かりゆしおきなわ”の船の上では感動、怒号、罵声、奇声、悲鳴、歌声、の入り乱れた船上パーティーが夜更けまで続くのである。

夜も更け、午前1時を回った頃、船上パーティーが終了。僕も船室へと戻る。那覇からは船室が変わり、2段ベッドの船室ではなく、だだっ広い畳の間に雑魚寝をするというスタイルに変わった。 まあ、ひとつの大部屋という奴である。那覇からはなぜか、ジジババの大集団が乗ってきていて、大部屋の大半もジジババが占拠している。扉を開け中を覗いてみると、時間も時間なので、船室の電気はとうに消され、部屋は真っ暗。ジジババのいびきが彼方此方から聞こえてくる。 暗くて良く見えなかったが、ちょっとすると目が暗闇に慣れてきて、中の様子がぼんやりと見えてきた。部屋の中ではジジババが好き勝手にあちこちで寝ている。かなり人口密度も濃い。 さて、僕も出がけに準備しておいた自分のスペースに向かおう。      ん? あれれ? 目を凝らしてみるが、なにかおかしい。出入り口付近の柱のそばのスペースが僕の場所、、、のはずなのだが、、、ない。そのスペースには体格のいい、見知らぬ婆さんが寝ているではないか。 準備していた僕の毛布までもがない。 おいおい!人数分できちんと毛布を割り振りしているのではないのか?? 琉球海運よ! この部屋はいったいどうなっているのだ??

 仕方なくロビーへ行き、緊急用船員呼び出し電話のダイアルを廻してみる。ところが、いつまでたっても電話は通じない。やむを得ず、船員室のあるデッキに行き、デッキ後方のドアを開けた。 中ではなんと、船員たちが麻雀に興じている。事情を話すと、ひとりのおっさんが客室係の女の子を電話で呼びつけた。事情が分かると女の子は、なんだかあからさまに、不服そうな顔をすると鍵を一つもって、「じゃ、一緒に来てください」とこれまた不服そうな声で言った。 僕の割り振られているC-7という部屋を覗くと、毛布がないのを確認し、今度はつかつかと別の部屋の前まで無言で歩き、持っていた鍵を使ってサロン室と書かれたドアを開けると中から毛布を持ってきた。 C-7に戻ると彼女は、部屋中央の一点を指差し「あそこで寝られませんか?」と冷たく言い放った。「えっ??」 見ると、ひとりの爺さんが、少し斜めになって寝ている。そこに出来た斜めの狭い空きスペースで寝ろと言う事なのだ。

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「ちょっと、それは無理なんじゃないかな、、、それにジジババたちの健やかな眠りを妨げる事にもなるし、、、」 と僕も少し不満げに彼女に言った。彼女はなんら反応を示さない。 「じゃ、いいよ。デッキで寝るから」やけになって言った一言が功を奏した。またしても彼女は、「こちらへどうぞ」と不満げに言うと僕を案内した。行き先はさっき毛布を出してきたサロン室だった。通されて中に入ると20畳はあろうかというような大きな部屋だ。「おひとりでも良ければここをお使いください。」この時、彼女の不満いっぱいの顔が、僕には天使のように見えた気がした。こうして、初日の一等船室に続き、三日目も船内で一番贅沢に寝る事が出来た。 飛行機で言うならば、エコノミーチケットでファーストクラスに乗れたような、、、そんなものだった。アンラッキーからラッキーな夜に変わった”かりゆしおきなわ”。さあ、明日は石垣島だ。

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沖縄一人旅、、、あれからすでに14年、、、那覇上陸、そして別れの巻。

さて、とんとお話が停まってしまった、沖縄一人旅のお話である。 前回は、中年変態ガキ親父、登場とその顛末をお伝えしたのだが、今度は実際の沖縄、、、この辺のところをお伝えしよう。夏があったのかなかったのか、分からなかった今年。沖縄の青、白、を見ていただき、すこ〜し、夏を感じてもらえれば幸いである。

那覇に到着したのは、東京を出てから2日目の午後2時頃だった。ここでキリちゃん、将坊、美佳チャン、美帆チャンとお別れだ。僕たちはこのまま かりゆしおきなわに乗り、石垣島へ向かうのだ。荷の積み降ろしで、石垣に向けての出航まで6時間ほど待たされる事になった。僕は「せっかくだからみんなで飯を食べよう」と提案。さよなら会もかねて、、、 一同の賛成を得て、みんなで那覇市内に繰り出す事にした。とりあえずみんなで下船。船からターミナルまでは結構遠いから、送迎のバスが用意されている。僕らはその送迎のバスでターミナルへと向かう。

ターミナルに着くとすぐに、Yシャツを着た日焼けした顔のおっさんがごっつい体を左右に揺すりながら、近づいてきた。まるで怪獣ピグモンのような、または、沖縄名物シーサーの様でもある風体である。 「あんたら〜 市内に行くんか〜あ?」と少し間延びしながらも、早口言葉のようにまくしたてる。「えっ? ああ、そうだけど、、、」と応えると、「そんなら〜送っちゃルキ、乗ってかん?」 どうやら、タクシーの運ちゃんのようだ。「まだ、全員揃ってないんだ」一度目のバスには、ひろしと将坊が乗っていなかった。「人数、何人なんね〜?」矢継ぎ早におっさんは聞いてくる。”うるさいなあ〜 ”と思いながらも、紳士的に応えていると、キリちゃんがいきなり叫んだ!「あっ!! おれ、車、忘れてきた!!」 なんともでかい忘れ物である、、、っていうか普通、忘れないと思うのだが、、、 キリちゃんは慌てふためき、アタフタしながら、船に戻って行った。港へはキリちゃんの彼女が迎えに来ているようだが、僕らは面識がないのでどの子なのだか、まったく分からないし、あいかわらず、ひろしと将坊の姿は見えないし、メンバーはバラバラ状態なのである。しかし、傍らではピグモン運ちゃんが急かすように、「ええっ、いつになったらあー、あつまんのおーっ??」と気をもんでいる。困った困ったの状態である。  結局、30分近くかかってやっと全員が揃った。しかし、将坊は父親が迎えにくるとかで、一足先にお別れになった。 ピグモンの運転するタクシーを先頭にキリちゃんと彼女が乗る軽自動車、ミラが後ろを走ると言う事で話がまとまり、市内のソーキソバ屋へと向かう事になった。 車中では、話し好きのピグモンが何やかにやと、ひとりで騒いでいる。まあ、これはこれでかなり面白く、キリちゃんたちを振り払うかの如く、車を飛ばす。後にも先にもこんなに飛ばすタクシーは乗った事がない。 「何やっとんじゃ、ありゃ、どこの車だあー?」 「大宮だよ」「大宮あ〜? まったくこれだから、東京もんはトロイんじゃ」などといいつつ、飛ばす飛ばす。キリちゃんの車は軽自動車であるが上に、家財道具一式を積んでいるからスピードが出るわけがない。 「おっちゃん、あの車 荷物をいっぱい積んでんだよ」「ああ、そうか。」ピグモンは少し納得したようだったが、タクシーのペースはあまり変わらない。沖縄独特の言葉でまくしたてるピグモンに我々は爆笑しながらも、なんとかキリちゃん共々、目的地のそば屋に到着。ピグモンは、「んじゃあ、今度は迎えにくるからさ〜あ」などと不適な笑みを残して、ワタワタと帰って行った。一同少々、茫然。すごい商魂だ。

 店に入り、キリちゃんの彼女を交えて、みんな自己紹介。そして別れを惜しむかのように、でも沖縄の太陽の如く、明るい会食。なんだか、一昨日に知り合ったとは思えない、みんな昔からの友人のようだった。愉しい会話だと、あっという間に時間が過ぎる。一時間ほどすると、入り口の自動ドアが開き、場の雰囲気もへったくれもなく、ピグモンがどかどかと店内になだれ込んで来た。「さあ、いこうか〜あ」 、、、、、一同 うなだれる。

 ちょうどこの日は、インディペンデンスディ。アメリカの独立記念日であった。嘉手納基地は一般に開放されているという。ぜひとも見たかったのだが、道が混んでいて、出航時間まで間に合わない可能性が高いので、なくなく諦める。 キリちゃんと彼女とはここでお別れする事に、、、記念に店の前で記念写真を撮った。もちろんカメラマンはピグモンである。

 キリちゃんたちとの別れを惜しみつつ那覇新港へと戻る。美佳チャン、美帆チャンは万座の先の”サザンドリームス”というリゾート感たっぷりの名前のペンションに向かう。またしてもここでお別れだ。再会を期して、、、 乱暴にUたーんして立ち去るピグモンタクシー。そして大きく手を振り見送る、二人と一匹なのであった。 入道雲が四方八方に湧き立っている、94年7月4日夕刻の那覇であった。

 ターミナルへ戻り、ひろしから2冊の分厚いノートファイルを見せてもらった。あいだみつおの詩集をひろし自らが写経のように写し書いたものだった。様々な詩が筆字で書いてある。ベンチに座り読んでみる。旅の別れの寂しさも手伝ってか、とてもリアルにあいだみつおの詩が身に染みる。たぶん日常の生活では感じられない感覚なのだろう。

その時、僕にはこの詩が一番、身に染みた。

 

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   あいだみつお  にんげんだもの より

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2008年7月21日 (月)

沖縄一人旅、、、あれからすでに14年、、、変態中年眼鏡男登場の巻

翌日、晴天なり。海の色は徐々に蒼さを増し、船は快調に南へと向かう。昨日から友達になった、ヒロシ、きりと、将太、昨晩は遅くまで呑んで話して、本当に感性が同じようなみんなと、愉しいく、美味しいお酒を酌み交わし、最高のひと時を過ごす事が出来て、旅の素晴らしさを噛み締めた夜だった。そして、この日の日中、またしても様々な出逢いがあり、またまた友達が増える。デッキで蒼い海、白い積乱雲を眺めていると、いつのまにやら、友達が増えている、、、って言う感覚である。

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 そして、この夜は知り合ったみんなで、酒やオリオンビール、つまみ等々を各自持ち寄って、デッキで酒を酌み交わす事となったのである。メンバーは、ヒロシ、トラ、きりと、将坊、蟻食いちゃん、そして、なんと待合室でたばこを吸っていたいい女2人組、美帆チャン、美佳ちゃん、待合室でブツブツ一人言を言う女、そして、その連れの女性で笑うセールスマンの喪黒フクゾウそっくりの女、まあ、こんなメンツである。話をはじめて、すぐに笑うセールスマン女がなんと!郡山出身だと言う事が判明!! 驚愕の事実であった。同郷の旅人が笑うセールスマンではなく、美帆チャンや、美佳チャンだったら良かったのに、、、すまん、、、偽らざる感想である。

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美帆チャン(左)と美佳チャン(右) 待合室の灰皿の一件の二人。とってもキュートな二人だった。

各自の自己紹介的に、それぞれの境遇、今までの旅の話、今までの人生の中での面白話などで、場は多いに盛り上がった。様々な話が飛び交い、笑いが絶えない。腹がよじれて、涙を流しながら笑った、、、こんなに愉しい夜は、もしかすると、初めてかもしれない、、、そんな最高の夜。かりゆしおきなわは、あいかわらず、グオングオンとエンジン音を響かせながら、南へと進んでいった。

ふと気づくと、いつの間に現れたのか、この暑い中、紺色のジャンバーを着た一人の眼鏡男が音もなく現れていた。そして、グラスを片手に握りしめ、僕らの話の輪の中に、どっかと入り込んで来た。「むむ〜っ なんだ、こいつは、、、」一瞬嫌な予感がしたが、楽しい時間は渦を巻くように進んでいった。爆笑!納得!驚愕の繰り返しと言った感じでみんなの話が尽きない。今振り返っても、この刻は、僕の人生の中で、とても楽しい時間BEST5に入るだろうなあ〜と思う。本当にいい時間だった。

 夜が更けてくると、いつの間にやらメンバーが少しずつ減っていった。みんな、上段のデッキに上がり、満点の星空を眺めたりしている。いつの頃からか、酔っていたのでよく憶えていないのだが、眼鏡男が僕と話をしている、、、眼鏡男は仕事の話を、暗く、熱く、誰もがたじろぐよう話している、、、そして、なぜか僕を気に入ったらしく、「ねえ、君なら分かるよねえ、」と陰気に話しかけてくる、、、酔っていたので最初は気づかなかったが、眼鏡男は自身の仕事の話をしきりに自慢していて、まわりのみんなはあきらかにそれを嫌って、上段デッキなどに避難していたのだ。 眼鏡男は、なおもくだらん話を続けている。こいつのおかげで場は完全に盛り下がり、次第に誰も発言しなくなった。僕は焦った、、、「い、いかん! このままでは女性がみんな帰ってしまう!、、、」 完全にドッチラケモードである。出来るだけ女性に向けて、軽い面白話をするのだが、眼鏡男はそれをいともあっさりと無視し、粘り気のある陰気な話にしてしまう。なんとかこの男を追い出したい!と思い、こちらも負けずに話を変えるのだが、眼鏡男は相当な押し出しで、話を強引に変えてしまう。こうなるともう、「う〜む」と唸るのみになってしまう。 一方で、ここでは名前を伏せるが、このメンバーの中である男性とある女性が不穏な!?動きを見せつつあった。どうやら、カップル化しそうな感じである、、、これにも、「う〜む」と唸るのみの僕である。(実際の旅の日記にはこの辺りの顛末も詳しく書いてあるのだが、インターネットという媒体であることを考慮し、ここではその詳細は書かない事にした、、、) 出来るだけ女性受けするようなノリの軽い話をするのだが、眼鏡男の陰湿な粘り気のある話に、場が変えられてしまう、、、 そうこうしているうちに、カップル化してきている二人がこの場を離れた、、、タバコを買いにいくと言う。「僕も行くよ〜」と言ったのだが、空気を察して、やめた。一等客室にお泊まりの、将ちゃんはかなり眠かったらしくデッキの隅ですやすやと眠りに入っている。この状況からして、先ほどの二人が一等客室になだれ込んでもおかしくないなあ、おいおい、いいのかそんな事!!いいのか〜!!!!と(羨ましく)思っていたが、僕のこの鋭い勘は当たってしまう、、、我ながらいい勘している。

 一等客室に避難路を求めるのも不可能となった我々は漆黒の太平洋上で眼鏡男のあまりにもつまらない、くだらない、感情の起伏が激しくなってしまうお話を聞くしかなかった。眼鏡男の話し方はなんというかこう、人を見下した喋り方なのでその場にいた全員が結構苛立っており、耐えられない人々はすでに避難を完了していた。いやいや、耐えられない人々なのは僕らも一緒なので、要領のいい連中だけは、避難を完了していた、、、と言うべきかもしれない。 僕は、場を盛り上げるためにずーっとピエロを演じていた。例えば、「○△さんは(眼鏡男の事である)お年はいくつなのですか?」と聞く。すると彼は陰気に粘っこくこういうのだ。「う〜ん、人に言える年じゃあないよ、、ふんっ」 最後の”ふん”は笑っているのか、バカにしているのかよく解らないふんなのである。その場がどーっとしらけてしまうので、仕方なく僕が「う〜んじゃあ、一億歳くらいかなーっ? なんちって〜」とあまりにもオバカに、非常識に振る舞う。気を悪くしてもかまわないので、、、すると僕が眼鏡男を小馬鹿にした態度に周りがどっとうける。そんな本当にくだらないやり取りが続く苦痛の時間だった。そのうち、美佳チャン、美帆チャンも不機嫌になってしまい、ついには美佳チャンが「私、帰るわ!!」と憮然と立ち上がった。そして、美帆チャンも一緒に帰ってしまった、、、あ〜あ、、、二人がいなくなった事で、僕の心にも、かりゆしおきなわのデッキにもむなしい潮風が吹いていた。眼鏡男は、そんな潮風をまったく感じさせない粘っこさで、話を続けている。まったく空気が読めない、哀しい男である、、、  

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愉しい楽しい愉快な、天国的な夜、、、しかしこの中に眼鏡男がいるのだ、、、

僕たちにも限界はやってきた、、、 眼鏡男の陰気な話は続いていたが、思い切ってそれを断ち切った! 「じゃ、そろそろお開きってことで〜!」と強引に話を終わらせ、僕と将坊はデッキをあとにそそくさと船内に入る。ロビーにはヒロシときりちゃん、それに先ほど憮然として帰った美帆チャンの姿があった。三人は喫煙コーナーでくつろいでいた。美佳チャンは先に部屋に帰ったらしい。三人としばし談笑、、、きりちゃんは酔いが回ったのか、なぜかハイテンションである。 なんだかいい雰囲気である。眼鏡男がデッキに現れる前の状態のようである。また愉しい時間がやってきた〜!と言う感じである。しかし、にこにこ可愛く笑っていた美帆チャンが急にタバコを灰皿に投げ入れ、スックと立ち上がった。「じゃあ、私、先に休みま〜す。」と僕にニコッと微笑んで気ぜわしく帰ってしまった。「あれ?」と思ったが、2秒後に謎の笑みの理由が解った、、、 映画 ジョーズのテーマ曲がほしい!と思うほどに、陰気にそして不気味に、あの眼鏡男がロビーにやってきたのである、、、、、あーあ。              

    今回はここまで〜。 お話はまだまだ続いちゃうのである、、、

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2008年7月 9日 (水)

7月3日、、、あれから14年、、、船旅の夜は最高なのだ の巻

ヒロシとの出会いが、僕の旅の緊張感を和らげ、そして新たなる出会いを呼んだ。有明の待合室の中で、「3日間、ひとりかな、、、」などと思った事が、幻の様に思えるほどどんどんと友達が出来た。

 まずは、あらためて、ヒロシである。神奈川出身(ど〜みてもそうは見えないのだが、、、失礼〜)全国をバイクで旅する素敵な旅人。昨年石垣島に行った時にハマってしまい、一年間石垣住まい。トラはその時に島の人に貰った犬で、彼の大親友。オートバイのタンクの上で一緒に旅が出来る犬に成長した、、、スゴい! 一旦実家のある、横浜に戻ったのだが、島の暮らしが忘れられず、東京でダイビングの資格を取り、石垣のダイビングショップに履歴書を送り、先方の返事を待たずしてこの船に乗り込んだと言うわけだった。無給でただ、住まわせてもらい、食べさせてもらえばいいというのが条件だそうだ、、、 ヒロシは敬語を使わない。嫌いだから、と言うのがその理由。しかし、彼にはまったく毒気付いたものがなく、さらりとため口が通っちゃうのだ。それどころか、爽やかに、清々しさを感じるくらいであった。これは彼の人となりなのである。会社員を続けていた僕にはスゴく新鮮で、とてもいい勉強になった出会いだった。

 次に、僕の隣のベッドに陣取った、輝利人(きりと)通称きりちゃん 23歳 独身 オーストラリア留学の経験をもつダイバー。オーストラリアは グレートバリアリーフでダイビングの資格をとり、その後レスキューダイバーの資格も取得。留学中はオカダヤ というDFS にてアルバイトの傍ら、せっせと日本人観光客のナンパしまくっていた根っからの”モテモテ男 !!!” 僕の兄の友人にも相当な”モテモテ男!!!”がいるが、その話をすると彼は、「スポーツですよ! スポーツやって体を鍛えると精力もみなぎってくるんですよ!」と、のたまう、、、「う〜む、そういわれてみれば、確かに兄の友人も相当なスポーツマンであるから、納得できちゃうんだなあ」 しかし、そこに女性に対してのマメさ!という重要な要素が加わらないと、モテモテ男にはなれないのだ、、、 きりちゃんはサッパリ系の今風な感じの顔つきに、やたらと人なつこい、、、う〜むこの辺りもモテモテの秘訣なのか、、、

 デッキで写真を撮っている僕をプロのカメラマンと勘違いして話しかけてきた、将太(しょうた)通称 将坊。沖縄生まれで高校から東京暮らし、今回父親がいる沖縄に戻り、沖縄で暮らすという。大学受験に失敗し、これからの事はまだ決めていないのだそうだが、目指すのは、外国航路の船長だそうで、これまた壮大な夢を抱く19歳。彼は飛行機が好きで、こと、飛行機のメカについては非常に詳しく、僕も舌を巻いた、、、その他の面に関しても雑学大魔王であり、何かとスゴい19歳であった。後に僕とは飛行機の話で盛り上がったのは言うまでもない。そして、彼はなんと僕たちとは違う世界、一等客室を利用している事が判明!う〜む19歳の分際で、、、などと唸ってしまった僕たちであったが、(年齢は関係なく、お金の問題、、、)後に僕の神様になる。

その他にも、ヒロシの友人で偶然一緒に乗り合わせた、全国放浪ライダーで、食事に困ると蟻を食う男、賢一、通称アリクイちゃん、なんだかその他にもたくさん集まってきた、、、愉しい時間が過ごせそうなのである。

 夕方、将坊の部屋(一等客室!!)を見せてもらった。部屋はまあ、ビジネスホテルのツインルームと言った感じではあるが、僕たちの2等客室とは大きく大きく、違う。遥かに広く、洗面所付きだ。 「かりゆしおきなわ」は、いわゆる、貨客船である。北海道方面に向かう太平洋フェリーとかの、「きそ」だの「いしかり」とはあきらかに違う。あちらは、立派な客船仕立てのフェリーであり、総トン数も倍以上ある。かりゆしおきなわは、貨物船の一部に、「まあ、人も載せてやるから(載せてやるから、であって、乗せてやるからとは違うのだ、、、)適当に乗ってたらいいさあ〜、」と沖縄弁で言われている感じである。これは、沖縄弁なので、許せてしまうのだが、関西弁で「適当に載ってろや、ボケっ!」と言われたら、思わず胸ぐらを掴みたくなるのである、、、 そんな中で、この一等客室、太平洋フェリーなどから見たら、2等客室クラスかもしれないが、ここでは、もうワンダフォー ルームであった。洗面所の水道は水が垂れ流せる水道だし、(一般の水道は蛇口がボタン式で、ボタンを押している間しか水が出ない、、、という水資源有効活用タイプで、使う方としては結構不便なのだ。)おまけに、ソファーまで用意されているではないか! いいな〜あ、と思う反面、急に現実に引き戻された、、、僕のベッドの上は完全に荷物で埋まってしまっているわけで、寝るスペースがないのであった。通路も潜水艦の通路の様に狭く、とても荷物を置いておけない。夜中にトイレに立った誰かが絶対につまづいて転倒するのは目に見えている。さあ、困った、と、そこへ思いもかけず神様が現れてこう言った。「正さん(ここでの僕の愛称)今晩、ここに泊まりに来ませんか?」 「へ?」 「僕ここに一人だし、もし良かったらですけど、、、」  迷う事なく、お世話になる事にした。かくして、僕のベッドは荷物置き場と化し、僕は晴れて? 一等客室の乗客と化したのである。   その晩は一等客室にオリオンビールをしこたま持ち込み、ヒロシ、将坊、きりちゃん、正チャン(僕)の出逢いを祝した宴が夜更けまで続いた事は言うまでもない、、、

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かりゆしおきなわから見た夕日。涙が出るほど美しく、胸に染み入る感動の夕日だった。

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左から、きりちゃん、僕、将坊 ほんとに愉しかった、、、出逢ったその日から旧知の友の様だった。

       =====続く=====      

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2008年7月 8日 (火)

7月3日、、、あれから14年、、、ヒロシとの出会いの巻

案内された船室はC−7という部屋で、2段ベッドが3つ、計6人の部屋だった。ベッドのスペースのスペースいっぱいに荷物という、一体どこに寝るんだ!?状態になった僕の部屋に、多少の不安を感じつつ、とりあえずデッキに出てみる。 デッキの上は多少のムシ暑さがあったが、潮風が吹き抜ける分、地上よりは心地よかった。 少し離れたところに、東京タワーが霞んで見え、レインボーブリッジも一部ではあるがその姿をのぞかせていた。船のエンジン音が、ぐおんぐおん と響き渡り、なんとなくたそがれた、、、 デッキにはすでに大勢の乗客が出ていて、みんなそれぞれ外を眺めていた。それぞれの人の胸中にはそれぞれのそれなりに大きな何かが去来しているのであろうが、僕には推し量る事は出来なかった。

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乗船の図、、、こんな感じでノートに記してあった、、、

さきほどの犬を連れたベトナム難民風青年は見送りの人々に手を振って何事か大きな声で話していた。「 いいもんだなあー 」と僕は思いつつも、もし自分がこうされたら、、、結構つらいものがあるかなあ、などとも思ってみたりして、身勝手な独りよがり的想像をしていた。

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ねっとりとした東京港の空気。もうすぐ出港だ。

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空には、羽田に向かう飛行機が列をなして降りていく。思わず写真を撮ってしまう、、昔も今も。

やがて桟橋に、”蛍の光”のメロディーが流れ始め、午後3時、僕は一路沖縄に向けて船上の人となった。

 出航すると、船はまず大きくUターンをして船首の向きを変え、それから東京港 有明桟橋を後にした。犬を連れた難民を見送っていた友達たちは桟橋をどこまでもどこまでも駆けてきた。難民も大きく大きく、いつまでもいつまでも手を振っている。とてもドラマティックな光景が目の前で繰り広げられている。今思っても感涙にむせぶ光景だ。僕は感動に引き込まれるかの様にその見送りをずっと眺めていた。やがて、彼等の姿が見えなくなり当々、難民も手を振るのをやめた。足元には彼の犬がぴったりと寄り添い、彼の顔を見上げていた。なかなか賢そうな犬で、見た目はちょうど、カヌーイスト野田友佑の愛犬だった、ガクにそっくりだ。難民は遠くなった桟橋から目を離す事はなく、その目が少し涙で赤かった様に見えた。

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初めての船旅。ぐおんぐおんとエンジン音を響かせ、船は東京港を進む。少し油臭いような磯の風に、旅の始まりの心地いい緊張感が混じり合い、何とも言えない風情だ。

少しした後、僕はデッキでへたり込む様にすわっている難民を見つけ、思い切って話しかけてみた。彼の名はヒロシ。日に焼けた顔に笑顔がスゴく似合う青年だった。傍らの愛犬の名は”トラ”本名は”八重山寅次郎”あのフウテンの寅さんからとった名前だそうだ。去年一年間石垣島で過ごし、犬のトラはそこで生まれたのをもらって育ててきたのだという。そして彼はこれから再び石垣島に向かい、島のダイビングショップで働きながら暮らすのだという。 「 犬は船内に持ち込めないから、一緒にデッキで寝るんだ 」 屈託のない笑顔でヒロシは言った。「うーむなかなかかっこいい、、、やるな御主、、、」 感動を憶えた僕だった。そしてそんな彼の気持ちの大きさと心のやさしさがこの旅での、はじめての大きな出会いとなった、、、、、

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東京湾を抜けると、外洋は蒼く濃い大海原が広がっている、、、さあ、旅はここからだ!!  

           =====続く=====

※注 文中に出てくる人物名の敬称は省略させていただいております。                          

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2008年7月 4日 (金)

7月3日、、、あれから14年、、、

今日は7月3日、僕にとってはある意味で記念日である。今から14年前の今日、僕はある決心のもと、南へ向けて旅立ったのだ。目的地の沖縄にむけてオートバイで出かけた一人旅であった。7月3日は14年前に旅たった日なのである、、、

ここに一冊の汚れたノートがある。旅の記録が書いてあるノートだ。毎年この時期になると読み返す一冊のノート。ここにその一部、船の旅をご紹介したいと思う。

 

郡山を出て3時間後、無事有明埠頭に着いた。途中、栃木県辺りでどしゃぶりの雨に降られたが、埼玉に入ると雨は止み、東京は薄曇りでムッとむせかえる様なムシ暑さだ。埠頭にはこれから乗り込む”琉球海運 かりゆしおきなわ”がその巨体を横たえていた。オートバイを停め、プレハブ造りの事務所に入る。待合室に客はまだ数人しかおらず、窓口もまだ閉まっている。気がつくと喉がからからだ。そー言えば郡山からほとんど何も口にしていない。ビールを飲みたいところだが、ぐっと押さえてとりあえずレモンティーの缶ジュースを買う。手荷物の窓口でオートバイの積み込み手続きをして、後は乗客の手続き窓口が開くまで暫しの間暇となった。僕は暇つぶしにウォークマンを聴きながら辺りの人を観察する事とした。

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”かりゆしおきなわ”とわが愛車 トランザルプ。ここから旅がはじまる、、、

 バイクで来ている人も結構いた。5台くらいはいるだろう。旅行といういでたちの人、放浪しているらしい人々、それぞれがそれぞれの表情でムシ暑い待合室にいる。誰も僕には話しかけて来ないし、かといって話しかけやすそうな人もいない。「参ったな、3日間も一人でいるのか」と不安になる。  午後2時頃になると乗客がかなり増えてきた。窓口が開き乗船手続きが始まる。所定の用紙に所定の事柄を書き込み窓口で金を支払う。待っている間に僕の目の前で一人でブツブツ言いながらガイドブックを見ていた女の子がいたのだが、その子の後ろに僕は並んだ。所定の用紙は2枚綴りなのだが、彼女のは一枚が剥がれてしまっていたらしく、それを知らずに一枚の用紙に書き込み窓口へと出したらしい。係員に言われ、また一人言を「ばっかだあ〜あったっし〜!」などと言いながら、戻っていったのが少し滑稽であった。

 手続きが無事済み、またベンチへと戻った。僕の周りには色々な人々がいるようになっていた。犬を連れたベトナム難民風の青年、その周りには見送りに来たのか10人くらいの男女がいて、名残惜しそうに語り合い、はしゃいでいた。  斜め向かいの席には真っ黒に日焼けしたサーファー風の一見、ケバくて俗にいういい女、そしてその友達は対照的に白魚の様に白い肌をして眼鏡をかけた一見女教師風な美人タイプ、彼女たち二人が今回この待合室では、トップクラスだな、などと思いつつ残っていたセイロンレモンティーぬるめバージョンを飲み干す。 二人ともタバコを吸っており、灰皿は僕のそばにあったので彼女たちからはかなり遠い位地にあった。日焼けサーファー風がその長い腕をこれでもかとのばしても届かないらしく、軽くベンチからお尻を浮かせて灰を灰皿に落としていた。自他ともに認める紳士の僕は灰皿を彼女の方へと移動させてやったのは言うまでもない。言っておくが、これは下心でもなく純粋な紳士的行為と受け止めておいていただきたい。灰皿を移動すると彼女たちはたがいに顔を見合わせ、きょとんとしながら二人同時に僕に会釈をした。派手な顔つきをしてたばこをタバコを吸うので内心ヤンキーかと思っていた僕であったが、僕の紳士的下心無し、理想的な青年の行為を理解してくれたかと思うとちょっと嬉しかった。

2時30分、いよいよ乗船の開始だ。初めて船旅なので結構緊張していたが、それよりもバイクから降ろした荷物の重さが辛かった。係員の指示に従って桟橋を走り回る重機の間を縫う様にしてタラップへと走る。タラップを登るのが荷物の重みで痛いほどしんどい。どでかいスポーツバッグにアタックザック、ヘルメット、タンクバッグ、それらを一度に運ぶとあちこちの出っ張りで荷物が引っかかりフラフラしながらの乗船である。さっそうとタラップを登っていきたかったがそれは夢と消え、千葉の行商人のおばちゃんが地下鉄の階段をえっちらおっちらと登る、そんな光景になっていた、、、、、

  こんな感じの日記である。時間がかかるので、今回はここまで、、、また明日以降の配信とさせていただこう。

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